不登校といっても、理由はさまざまで、同じ解決方法なんてありません。しかもむかしから言われているように、不登校は治すものではありません。治さなければならないのは、学校や我が国の教育の体質です。この多様の時代に、60年前と変りなく、一同を教室に詰め込んで一律の教育を施しているシステムに疑問を感じるのは自然なことです。文科省も兵庫県もひとりひとりの個性を重視し、多様な学びを推奨しているのです。しかし、現実が追いつかないというのが実態です。いまの学校のやり方に、「ついていけない」とノ―を宣言した不登校生は、古い体質の教育をチェンジして、個性をたいせつにした多様な学び方を求めているのです。子どもたちの声に、うめくようなか細い声に、ボクら大人は正面からむきあうことが、なにより大切だと思います。大人が勝手に対策を立てたり、方針を決めたりするのは、大人の傲慢です。生きるべきか死ぬべきかと真剣に揺れている子どもたちの気持ちにしっかりよりそって、心の耳をすまして、聞きとどけてほしいのです。大人のやりやすい方法を押しつけるのでなく、子どもたちが生きやすい道をいっしょに模索していくことが、不登校生への対応の必要条件だと思います。
2010/07/02田辺 克之
